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気ままに山歩きは神奈川や東京近郊、関東周辺のハイキング&登山記録です。

湘南平~浅間山~吾妻山公園湘南平~浅間山~吾妻山公園


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湘南・湘南平~浅間山(181m)~吾妻山公園 
平成29年(2017)1月10日(火)2名

     

吾妻山から富士山と金時山(左)

大磯駅~湘南平~浅間山~高麗山のルート(全画面表示
GPSログを基に転換点やウェイポイントを追加編集しました

表丹沢を登り稜線や山頂に達して南の方を見ると相模湾が見える。その海の手前に鉄塔の立つ低い丘陵地帯が見受けられる。この丘陵こそ大磯丘陵と言われる湘南平(高麗山公園)だ。大磯丘陵の浅間山には一等三角点があることもあり、丹沢からこの湘南平を見るたびにいつかは行ってみようと思っていた。しかし歩行時間2時間強のハイキングコースなのでわざわざここだけを歩く気にはなれない。そこで大磯丘陵のつながりだが二宮駅から歩いて行ける吾妻山公園と合わせると3時間程度になる。それならば湘南平と吾妻山の両方に行ってみようと思い立った。

住宅地から登山道に入る

大磯駅の改札口を出て線路わきの道を右(小田原方向)に行きます。少し歩くと左に大磯小学校があり、その前のガードをくぐって進みます。右側に妙大寺、更に御嶽神社を見て道なりに進みます。街並みを見ながらしばらく歩きます。車道が右に折れるところの正面に「湘南平・浅間山」の標識があり、ここを右折します。更に進むと道は二股になります。ここにも標識があり左方向に行きます。500mほど進むと前方に階段が見え右側に標識と細い道が出てきます(写真)。湘南平にはこの細い道をたどっていきます。ここから山道になり人家はなくなります。山道はジグザグ状に標高差100m程度、距離にして500m程度登って行きます。山道からの途中、電波塔の赤い鉄塔が見えます。

湘南平のレストハウスと展望台

湘南平に近づくと駐車場が見えてきます。湘南平にはレストハウス(展望台)と電波塔(平塚テレビ中継局)があり、高麗山公園の一部になっています。このあたり古くは泡垂山(あわたらやま)と言われ、江戸末期には千畳敷山と呼ばれていたようです。千畳敷の名の通り平坦な地形で戦時中は高射砲陣地もありました。その後荒廃していたこの地は公園に整備されて湘南平と命名されたのです。

湘南平展望台から丹沢山塊

湘南平展望台からの眺めは素晴らしいの一言です。目の前の海は相模湾、そして近くに大磯港がみえます。東の方には江の島、三浦半島、房総半島が見え、正面の沖には大きな島影の大島が見えます。西の方は小田原や真鶴岬、伊豆半島です。山の展望は左から箱根連山、富士山、丹沢山塊、大山が見えます。箱根連山の手前は曽我丘陵です。大山の麓から湘南平にかけては伊勢原、平塚の市街地です。眼下の遠くに白い新幹線がかなりの速さで交差して走っていくのが見えました。平塚の市街地の向こうには相模原、町田、横浜、川崎の市街地です。その先の遠くの方は靄っていてはっきり見えませんでした。


湘南平展望台から富士山を望む

湘南平展望台から直ぐ近くの電波塔(平塚テレビ中継局)

湘南平展望台から大山と円山木ノ頭(大山の左の小ピーク)


湘南平展望台から塔ノ岳(中央)と丹沢山(右)

湘南平展望台から大磯港、江の島(中央の島)と三浦半島

湘南平にある岡野金次郎の碑(碑の一部撮影)

日本山岳界の先駆者 岡野金次郎
岡野金次郎は明治7年(1874年)、現在の横浜市保土ヶ谷区で生まれました。後には日本山岳会初代会長となる小島烏水(こじまうすい)とは、明治27年の徴兵検査で出会いました。
明治35年(1902年)岡野と小島は日本人登山家として初めて槍ケ岳への登頂を果たしました。
その翌年、岡野らは自分たちより前に槍ケ岳に登ったウォルター・ウェストンと出会い、日本にも山岳会をつくることを勧められます。これが日本山岳会の設立につながりました。
昭和15年(1940年)、平塚に移り住んだ岡野は、昭和20年に戦災に遭い、平塚を離れますが、昭和28年には再び平塚に戻ります。そして、昭和33年に亡くなるまで、平塚に住み続けました。
富士山が好きだった岡野は、散歩に出かけては平塚海岸や八幡山から富士山を眺めていたといわれます。
平成17年(2005年) 平塚市

電波塔展望台から浅間山(左)と高麗山(右)

麓の高来神社の背後にそびえる山が高麗山(こまやま)です。高麗山は標高約167m、周辺は樹木に覆われ展望はありません。高麗山の北から東斜面は伐採されましたが、南斜面には江戸から続く植生が残っています。新編相模風土記には「高麗の名は古く当地辺りに高麗人が往したところにちなむ」とあります。また、高句麗からの渡来人伝承から「高麗山」の名前がついたといわれています。


浅間山の一等三角点

日本の地図は三角点網を基にして作られました。即ち相模野基線を最初の底辺にして鳶尾山、長津田村、連光寺村、浅間山の各基点が測量されました。 そして神奈川県の丹沢山と千葉県の鹿野山を底辺にした最初の三角点網が作られたのです。この高麗山公園、浅間山の一等三角点は相模野基線の第二増大点として1882年(明治15年)に選定されました。そして翌年に田坂虎之助陸軍工兵大尉により標石が埋定されたと言うことです。標石上面の縁が大きく面取りされているのが特徴です。地形図の原点、相模野基線を歩く

高麗山から高来神社へ行く石段を下って振り返る

高麗山 標高167.3m 高麗(こま)と若光(じゃくこう)
昔から日本と朝鮮の文化交流は深く、相模国をはじめ東国七州の高麗人(こまじん)を武蔵国に移して高麗郡(こまごおり)をおいたと「続日本記(しょくにほんぎ)」には書かれています。奈良時代のころ高句麗(こうくり)は唐・新羅(しらぎ)に滅ぼされ、日本に難を逃れた人も多くその中に高句麗王族のひとり高麗若光(こまじゃくこう)もいました。若光は一族をつれて海を渡り大磯に上陸、日本に帰化してこの山のふもとの化粧坂(けわいざか)あたりに住み、この地に大陸の文化をもたらしました。高麗若光と高句麗の人たちが住んでいたことから、この地が高麗と呼ばれるようになりました。
現地案内板より

高麗山は展望がなく平らで少し広い山頂です。そして祠が一つ置いてあるだけでした。小休止後高来神社へとくだります。急な石段を下り振り返るとトンネルのような樹木の間から空が見えました。石段が終わり山道を下って行くと男坂と女坂に分かれます。連れが男坂を下るようなので付いていきます。男坂と言うだけあって中々険しい下りです。20分ほどで下ると高来神社がありました。高来神社にはきれいなトイレも設置されており、近くの梅の木には既に花が咲き始めていました。

高来神社の鳥居と高麗山(左)

高来神社(たかくじんじゃ)の創建は六世紀以前で高麗山の山頂に上宮があって高麗権現社といっていました。江戸時代までは、高麗寺に属し、明治元年の神仏分離によって高麗寺は廃寺になり、高麗権現社は高麗神社と改称されました。高麗神社の名は朝鮮半島にあった高句麗からの渡来人に由来するといわれています。その後、高来神社と改称されたのは明治三十年(1897)になってからのようです。埼玉県日高市には高麗神社(こまじんじゃ)がありますが、こちらも高麗若光とゆかりがあるそうです。

高来神社でお参りをしてから参道を大磯駅方向へ歩きます。参道が国道1号線に出たら右折します。300mほど歩くと右側に車屋というそば屋がありました。ちょうど昼時でもありここで昼食をとることにしました。中に入るとテーブル席が四つ、壁際に奥行畳一枚程度の小上がりが何席かありました。先客が2名いたので我々は入口近くのテーブル席に座りました。そして天もりそばを注文しました。10数分ほどで出てきたのがもりそばと長い海老のてんぷらでした。そばは普通のせいろそばです。てんぷらは衣がかりかりしていて食べごたえがあります。長さが15cm程もあるので箸で持つのも大変です。この店は天ぷらにこだわりがあると思いました。値段もまずまずだったのでそれなりに満足しました。
そば屋を後にして国道1号から離れて松並木の道を歩きます。この道は両側に松の木があり旧東海道松並木のようです。途中に化粧坂(けわいざか)の碑があり化粧坂一里塚があった所のようです。案内板には次のように記してありました。
大磯八景碑 化粧坂の夜雨 雨の夜は静けかりけり化粧坂 松の雫の音はかりして 敬之
大磯八景は、明治40年頃、大磯町第五代町長・宮代謙吉が大磯の名所八景を選んで絵葉書を出版したのが始まりです。その後、大正12年に大磯小学校第二代校長・朝倉敬之が自作の歌を刻んだ記念碑をそれぞれ八景の位置に建立しました。現在は、「小淘綾の晴嵐」を除く「高麗寺の晩鐘」、「花水橋の夕照」、「唐ケ原の落雁」、「化粧坂の夜雨」。「鴨立沢の秋月」、「照ヶ崎の帰帆」、「富士山の暮雪」の七基が残っています。【歴史と味の散歩路パンフレットより】。

道は線路沿いを行きますが途中クランク状に曲がるところがありました。その先で左側にトンネルがあり東海道線をくぐります。線路沿いを歩いていくと4~5分で大磯駅に到着しました。大磯駅で東海道線の熱海方面に乗り一つ先の二宮で降ります。

吾妻山公園への入口の階段

二宮駅北口を降りて正面の信号を渡り、小学校の茶色の建物と町民会館の間を通って行きます。吾妻山への最短コースはこの役場口で25分から30分くらいで展望台へ行けます。吾妻山公園入口から階段が300段も続くのが難点です。ただ途中踊り場などもあるので休みながら行くとよいでしょう。長い階段を渡り終えて展望台を目指して登って行きます。途中、ツツジ園や浅間神社、ジャンボ滑り台などがあります。ようやくたどり着いたところが吾妻山の山頂で展望台というか台座のようになっていました。山頂の西側は菜の花畑になっていて正面には富士山が見えます。富士山を中心に左側は箱根連山で右側は丹沢と大山の山並みです。ちょうど丹沢付近の山頂付近は雲に覆われていてよく見えませんでした。しかし満開の菜の花を前景に見る富士山は見事というほかはありません。また山頂から南の方には相模湾が見えます。紺碧の海に白い船が浮かんでおりまるで絵のような景色でした。吾妻山公園のGPSログを開く

吾妻山公園から富士山と矢倉岳

吾妻山の菜の花畑と富士山

吾妻山から紺碧の相模湾と白い船

大磯駅~湘南平~浅間山~高麗山のコース断面図

コースタイム 歩行2時間55分 距離9.2km 累積の登り下り±495m
内訳 湘南平~浅間山 歩行2時間10分 距離7.1km 累積の登り下り±370m
   吾妻山公園 歩行45分 距離2.1km 累積の登り下り±125m。
大磯駅9:20→10:10湘南平10:42→10:50浅間山10:55→11:15高麗山11:20→11:40高来神社11:45→(休憩:11:55そば処12:15)→12:38大磯駅(電車)~二宮駅13:05→13:30吾妻山14:10→14:30二宮駅


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