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気ままに山歩きは神奈川や東京近郊、関東周辺のハイキング&登山記録です。

丹沢・弘法山~高取山~大山阿夫利神社下社丹沢・弘法山~高取山~大山阿夫利神社下社


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丹沢・弘法山~高取山~大山阿夫利神社下社(698m)
平成27年(2015)4月16日(木)2名

秦野駅~弘法山~高取山~蓑毛越~大山阿夫利神社下社のGPS軌跡

弘法山公園入口を水路沿いから歩いていく

秦野駅北口広場を出ると水無川の前にでる。近くの橋を渡り川の向こう側に出たら右折する。突き当りが新常盤橋という交差点でここを左折する。400mほど行った右側に弘法山入口の大きな表示板がある。秦野駅からここまで20分くらいである。水路沿いを少し歩くと浅間山、権現山への階段の登りが出てくる。

権現山展望台からの富士山と秦野市街

ひと登りすると浅間山となり緩やかな道になる。権現山には小田急線の車窓からも見える八角形の屋根の形をした展望台がある。ここからは富士山、箱根連山、相模湾、秦野市街や大山・丹沢の山並がよく見える。

権現山展望台から大山と公園の新緑


弘法山大師堂で、この時はご開帳されていました

弘法山には鐘撞き堂と大師堂がある。大師堂ではこの時期、弘法大師像がご開帳されていた。普段は見ることが出来ないので、年に数回の特別な期間だけのようだ。
弘法大師・空海は西暦774年に現在の香川県善通寺市で生まれた。幼名を佐伯真魚(さえきのまお)と呼ばれた。18歳ごろまで学問を学び、そののち四国や奈良など各地で仏道修業に入る。31歳の時、留学僧として唐(中国)に渡る。この時の遣唐船4船の内2船は嵐で難破したが、空海の乗った船は漂流しながらも中国福州に着いた。空海は唐の長安にて密教の全ての伝授を受け、多分野の学問を学び経典なども収集した。2年間の修行の後、無事日本に帰国する。43歳の時朝廷より高野山を賜る。その後真言密教を確立させる。西暦835年、空海61歳(満60歳)の時、高野山にて入定(死去)した。「弘法大師」の名は空海の死の86年後に、当時の醍醐天皇より与えられた「贈り名」である。弘法大師は空海を越え、1000年の時を経て普遍化したイメージになった。空海を知らなくても「弘法さん」「お大師さん」と言えば「弘法大師」のことである。しかし、弘法大師の足跡(ゆかりの地)は北海道を除く日本全国に5,000以上あるといわれている。これは歴史上の空海の足跡をはるかに越えた謎である。空海の幅広い分野での活躍や、尊崇の念があるために伝説が広まったと考えられます。
弘法様(弘法大師)と弘法山(秦野市ホームページより)
弘法様がまだ名も知られない旅の僧であったころ、秦野の山野に行き暮れて、百姓仁左衛門の家に一晩の宿を頼みました。そうしたところ、仁左衛門夫婦は快く迎えてくれました。ある日、弘法様から近くの山で修業をするということを聞いた仁左衛門は村人たちの助けを借りて山の上に小屋をつくりました。その小屋で弘法様は、しばらくの間、修業をしました。あるとき、弘法様の予言が当たり村に火事が起こったので、村人は弘法様が火をつけたと思い、追い出そうとしました。しかし、その夜、弘法様が村人にいった通り嵐になり、何件かの家が川に流されたり、風に吹き飛ばされたりしました。それからは、村人たちは弘法様のいうことを信じるとともに尊敬するようになりました。弘法様が去った後、人々は小屋のあった山を「弘法山」と呼ぶようになったということです。また、弘法山には「乳の井戸」と呼ばれる井戸があります。この井戸からは白く濁り、乳の香りを漂わせた水が湧き出ていたそうです。赤ちゃんを持つ母親がこの水を飲むと、乳の出がよくなると伝えられていました。

弘法山から善波峠へ行く途中のホタルカズラ(蛍蔓)

高取山へのトラーバース道に咲く、ヒトリシズカとミミガタテンナンショウ


秋には赤い実が付く、ミヤマシキミ(深山樒)

麓からもよく見える高取山の白い電波塔(NHK)

念仏山から高取山までは木の根っこが露出する山道を登る。このコース一番の急登といってよい。マイペースで登って行けばそれほどのことでもない。1時間近く登り聖峰への分岐が出てくると高取山はもう近い。

高級楊枝の材料、クロモジ(黒文字)

高取山からは少し下り、更にダラダラとした下りになり100mほど降りていく。下りきると緩やかな登りに転ずる。コースの尾根道は防火帯のように切り開かれている。浅間山に至るまで電波塔が二つ出てくる。浅間山の山頂にも電波塔が立っている。蓑毛越へ至る山道にはミヤマカタバミの白い花が咲いている。蓑毛越で少し休憩してから大山阿夫利神社下社に至るトラバース道を進んだ。


秦野駅~弘法山~高取山~蓑毛越~大山阿夫利神社下社のコース断面図

コースタイム:歩行5時間5分、距離12.4km、累積の登り1210m、下り609m
小田急線秦野駅8:27→9:22権現山9:32→9:48弘法山9:58→10:20善波峠→10:55念仏山11:05→12:10高取山12:50→14:12蓑毛越14:20→14:50大山阿夫利神社下社(ケーブルカー)15:20~追分駅→大山ケーブル、バス停(バス)~伊勢原駅

過去の高取山や大山阿夫利神社の記録です
H25/09/29 丹沢・日向薬師~大山 スズメバチの襲撃を受ける
H25/01/20 丹沢・弘法山~高取山~下社 秦野駅から信仰の道を歩く
H24/09/29 丹沢・日向薬師~高取山~弘法山 東面・南面好展望の念仏山
H22/01/20 丹沢・唐沢峠~大山~阿夫利神社 標高差1,160mの登り
H20/07/20 丹沢・大山阿夫利神社~大山 江戸時代からの大山もうで
H19/01/05 丹沢・鐘ヶ嶽~大山 二つの信仰の山を結ぶ

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